2025年の8月に沖縄県で開催された、第52回全日本中学校陸上競技選手権大会100mHに2年連続出場した、加藤光桜さんを取材した。

二川中陸上部
加藤 光桜さん(二川中3年生)
陸上を始めたのは小学3年生の秋。最初は愛知駅伝に出場したくて、陸上を始めたという。小学4年生から大会に出場し始めて、当初は短距離も長距離もどちらの試合にも出場していた。陸上を続けていくうちに、長距離よりも短距離の方が向いていることに気づき、短距離にシフトチェンジ。中学に入ってからは、100m・200mや幅跳びをメインにやっていた。しかし、中学1年生の6月に腰の疲労骨折。そこから、9月まで走れない状況が続き、11月に行われた新人戦では、100mで思うような結果を残せなかった。このままでは全国大会までの道のりが長いことを実感し、100mHへ転向。光桜さんは「この種目は走るだけではなく、走る中でハードルを飛び越えるという作業があり、走力を技術でもフォローできるというところがハードルの魅力」とハードルの技術を磨き、今まで培われてきた脚力と跳躍力も組み合わさり、わずか1年たたずして、全国大会への切符をつかみ取った。
昨年出場した全国大会で感じたのは、トップとの差や自分の弱さだった。当日は向かい風。光桜さんはベストタイムとはほど遠いタイムでフィニッシュとなった。上位入賞した子たちは、向かい風でもしっかりとタイムを出していたので、そこでトップとの差を感じたという。昨年の経験をもとに、中盤での加速を意識し練習に取り組み、2年連続の全国大会出場を果たした。
しかし、その道は決して楽なものではなかった。中学2年生の秋・冬に2回太腿の肉離れ。4月までダッシュができない苦しい時期が続いた。そんな状況から、全国出場を諦めそうになったこともあったが、昨年のベストタイムを出した動画や、一緒に戦ってきた子の姿を見て、私も同じ舞台で走りたいという思いが強くなり、諦めかけた全国の切符を掴み取り見事復活。去年の経験があるからこそ、大会前の取り組み方にも変化があった。大会に向けて、隣で走っている子や観客の声などイメージしながら練習するだけではなく、しっかりと筋肉を刺激するなど調整方法を変えて、昨年よりも準備ができた状態で大会を迎えた。今大会でもトップとの差を感じたそうだが、最後まで悔いなく走ることができたという。
壁にぶつかっても乗り越えて、高校のインターハイでも活躍できる選手を目指していく。









